若さと聞き上手は相性が悪い

2022.01.23

今回はあえて断定的にお伝えします。若さと聞き上手は相性が悪い。若い人ほど、聞き上手のスキルを身に着けるのに苦労することが多い。今までいろいろな世代にトレーニングをしてきて、確かな実感を持っています。もちろん例外はありますが、総体的には間違いない。ではなぜそうなのか?考えてみたいと思います。

 

若いと人の話を聞くのが難しい

若い人に聞き上手のトレーニングをしたとき、なかなか上達しないことが多々あります。特にロールプレイ。課題として挙げていることができず、自分の意見を言ってしまったり、相手の言葉を受け止めずに明るい話題に振ってしまったりします。相槌やオウム返しといった個別のテクニックを学ぶのには問題はないのですが、いざ話をしようとすると、できなくなってしまう方が多い。
 
今までトレーニングをしてきて、一番難しかったのが大学生の方を対象にした聞き上手のトレーニングです。最初にうまくいかなくても、聞き上手の必要性が伝わればそれでもいいのですが、他の世代と比べると必要性が伝わらない方も多い印象を持っています。もちろん反論を受けるとか間違っていると言われるわけではないのですが、どちらかというとピンとこない方が一定の頻度でいる。
もっと上の世代になると、トレーニングの内容に対して、大事ですよね、とか、目から鱗が落ちました、とか、いかに自分ができていないかわかりました、というコメントが圧倒的なのに比べると、どうしても違和感を覚えます。
 
そこで、注意深く若い人が行うロールプレイを観察してみました。すると、まず聞くことに集中しきれていない。相手の話を聞きながらも、どこかで別のことを考えている、そんな風に見えてしまう。結果として、共感の言葉や受容が十分にできないし、きちんとしたオウム返しや相手の発言を要約することも難しい。そうなると、自然と自分の意見を言ってしまったりします。そしてそんな自分に気づいていない。何かほかのことに意識がとられている。それは何だろう?と考えました。
 

若いと自分と向き合いたくなる

受け答えやロールプレイの感想を聞いていて、気づきました。特にロールプレイにおいて、「自分がどう思ったか」を感想として言ってくるのです。聞き上手ができたかできなかったか、ではなく、その話を聞いて自分がどういう感想を持ったのかを話してくる。こんな感じです。
 
・恋愛相談をしてきた話し手の悩みを聞きましょう
⇒ 感想:こういう状況だったら、自分だったら間違いなく別れようとすると思いました。
 
本当は、「話し手が相手の悪口を言った時の反応が難しかった」や、「つい、こうした方がいいというアドバイスをしてしまった」という、「聞き上手ができたかどうか」の感想がもらえると嬉しいわけですが、そうはならない。
 
相手がどういう話をしていた、自分がどう対応したのかではなく、話を聞いてその話そのものによって自分の中で感情が動いて、それを見つめている。そんな印象を受けます。相手の話をきっかけにして、自分と向き合っているのです。思いが至りました。これは、青春というものの特質ではないか、と。
 
人間、生まれたばかりの時は世界と自分の間に境界はありません。それが認識がはっきりしてきて認知機能が出来上がり、自我というものが芽生えます。やがて思春期になると、自我について考えるようになります。自分はどんな人間なのか、自分は何をすべきなのか、本当の自分とはどんな自分なのか・・・まさに青春の悩みというものですが、そうした状況では、人の話を聞いてもすべて自分への問いかけに話が展開されてしまう。これはいい悪いではなく、そういう状況なのだ、と得心できました。
 
どんな話でも、全て自分のことに跳ね返ってしまうような時期。
 
そういう時期、ありましたよね(あるいは青春の中にいる皆様、今、そうですよね)。
 
 

できる人にはできる

 
でも、若くても聞き上手の人もいます。そういう人は本当に素晴らしいなと思います。ただ、そういう人達が聞き上手のスキル以外が他の若い人たちと比べて何か大きく異なるところがあるわけではありません。悩みがないわけでもない。それはきっと、自我と向き合っていても人の話を聞くのが上手にできる人もいる、単純にそれだけなのだろうと思っています。
 
そういう意味では、特段、若いから聞き上手のスキルを身に着けるのは無理とか、若いからこそめちゃくちゃ努力をすべきだ、という類の話ではないのではないか。そういう傾向があるな、ということだけ認識をしておけばよいのでは、と整理をしています。
 
あとは逆に、自分は話を聞くことができているから若くないんだとか、そういうことでもないのでご安心ください(笑)。
 

若くないけど聞けない人は、問題

問題は、若いから話を聞けない人ではありません。逆に、若くないのに話を聞けない人です。大概の人は、40でも50でも60でも70でも、トレーニングをすればしっかり聞き上手の技を身に着け、実践で活かすことができるようになります。しかしながら、やはり中には例外がいて、人の話を聞いてもどれも自分の話に置き換わってしまう年配の方、というのがいらっしゃいます。これは難しい。いまだにこういう人たちの考えを変えるにはどうすればよいのかの答えは見つかっていません。
 
そしてこれは、誰かができて誰かができない、というだけでなく、一人の人でも大きく変化するものだと感じています。何か悩みがあったりして自分のことでそわそわしていると、人の話を聞いても自分に返ってきてしまう。やはりそういうときはあまりいい聞き方ができなかったな、と後で反省することになります。自分の気持ちを平らかに保つことが、人の話を聞くためにとても重要であると日々、実感します。
 

聞く行為とは変化することである、の意味

 
以前から、「聞くこととは変化することである」と言っていますが、今回の件もその側面の一つであろうと考えています。自分というものを強烈に持ち、そこに焦点が当たっていると外の世界や違う世界を見つめ続けることが難しくなってしまい、それを受け入れることも難しい。変化することが難しいから、人の話を聞くことができない。
 
自分というものを無色透明なものにおいて人の話に向き合うことが、あるべき聞き上手の姿であり、目指すべき理想形であると、改めて感じた次第です。
 
株式会社こころみ代表 神山 晃男