対談|株式会社ヒューマンエナジー創業者 加藤奈穂子×新代表 神山晃男が語る事業譲渡と承継
2023.07.19
2022年11月、株式会社こころみは、株式会社ヒューマンエナジーから事業を承継しました。企業にとって節目となる譲渡と承継。ヒューマンエナジーの創業者である加藤奈穂子氏にこころみを承継先として選んだ理由や今後のビジョンを、新代表神山には、ヒューマンエナジーに感じている可能性などを語っていただきました。
――ヒューマンエナジーの事業承継を決断した経緯を教えてください。
加藤 年齢的なこともあり、2、3年くらい前から考えていたんです。未来のことを考えると、やめるか続けるかの2択ですよね。それで、やめるのは大変だなと。続けるとしたら、弊社に合う人に渡すのが一番いいなとは思っていたんですよ。でも、私には事業承継の知識がありませんでした。それで勉強したいと思っていたころに、M&A仲介を行っているM&A総合研究所の宮原さんに声をかけていただいたんです。それで、「来る時が来た」と思いました。
神山 いいタイミングだったんですね。
加藤 宮原さんからいくつか候補を上げていただきました。岐阜や愛知の会社もありましたし、建築会社のような全く畑違いの会社もありました。
神山 畑違いの会社が候補として選ばれたのは、どうしてなんでしょうか?
加藤 研修事業をやりたい会社、ということでした。候補を宮原さんが数社まで絞ってくださって、その中から三社にお会いしました。
神山 そこに、こころみが入っていたと。三社に絞った理由はなんだったんですか?
加藤 まず、ヒューマンエナジーと似ているビジネスをしていないと嫌だというのがありました。メーカーさんや建築会社さんには、弊社のビジネスの仕方は理解してもらえないかなと思っていたので。
神山 加藤さんとしては、研修会社に承継したかったんでしょうか?
加藤 研修ビジネスを理解している会社がいいなとは思っていましたね。
――お互いの第一印象を教えてください。
加藤 神山社長の第一印象は、「若い!」でした。とにかく、「若い!」って思いましたね。
神山 他の会社の担当の方はもっと年齢が高かったんですか?
加藤 他の会社さんは、社長さんなら私よりも年上でしたし事業部長さんでも50代半ばでした。他の会社に比べると、こころみさんは、年齢もそうですが、価値観や考え方が若いというか、新しいという印象を持ちました。
神山 そうなんですね。加藤さんは、お会いする前にこころみのサイトはご覧になったんですか?
加藤 もちろん見ました。
神山 そのときはどう思われました?
加藤 神山さんが以前、コメダ珈琲に関わっていらしたことを知って、親しみを感じました。同じ名古屋でしたから。あとは、優しい会社だなと思いました。こころみさんは、ご商売が優しいですよね。
神山 聞き上手を標榜しているので、優しい印象があるかもしれないですね。優しい、という言い方をされたのは初めてですが、目指しているものに近いかもしれません。
加藤 ヒューマンエナジーの社員みんなで候補の会社のサイトを見たんですよ。どの会社がいいかをみんなに選んでもらったんですけど、こころみさんがダントツでしたね。弊社の社風としてみんなが優しいですから。
神山 わかる気がします。同じ価値観というと大げさですが、ヒューマンエナジーとこころみには、近いものを感じます。
加藤 「聞き上手」にしても自分史作成サービス「親の雑誌」にしても、お仕事が丁寧で、業務を効率よくこなしていないという感じがしました。
神山 効率よくこなしていないですか?
加藤 効率よく稼ぐことも大事ですが、研修ってとても効率が悪いんですよ。それを理解してもらえる企業でないと、ヒューマンエナジーのスタイルでやっていくのは無理だと思っていたんです。
神山 こころみでも、時間をかける業務があります。もちろん、時間をかけなくてもよいのなら、その方がいいんですけど。でも、時間をかけなきゃいけないときっていうのがやっぱりあるんですよね。効率的ではないけれど、クオリティーが格段に上がる瞬間というのがありますから、そこには時間をかけないといけないと思っています。
加藤 神山さんのヒューマンエナジーの第一印象はどうだったんでしょうか?
神山 一般的な研修会社は、1つのカリキュラムでこんな効果を出せます、こんなスキルがつきますと大きくうたいますよね。でもヒューマンエナジーさんはホームページに、人材育成の基本として「朗らかな思考習慣」を全員が持つことを標榜していらっしゃいます。それを見て、一般的な研修会社とは目指しているものが違うと感じました。単純に1回の研修で効果を出すだけではなくて、組織力の向上の先を見ている。それが、こころみの価値観、目指している姿と近いと思ったんです。そんな印象を持って加藤さんとお会いしたんですが、実際にイメージ通りの方でした。いい研修をされているに違いない、と確信しました。お互いに、価値観や持っている雰囲気が合いそうだな、ということで事業承継の話がまとまったんですよね。
加藤 候補の中で、一社だけ研修事業をやっている会社があったんですけれど、そこは50人くらいの一斉研修を行うんですよ。コンピューター系の会社だったんですが、こういうモデルじゃないともうからないというお話を伺いました。もちろん学びにはなったんですが、弊社ではそれはできないんですよ。ノウハウがないというのもあるんですけど、そういうやり方は合わないですね。稼働率を高めていくことを目的にするのは、弊社とは合わないですね。
もちろん、そのビジネスモデルは間違ってはいないんですよ。でもヒューマンエナジーが稼働率を上げることを要求されるのは難しい。同じ研修会社でも、人材ビジネスでもいろいろあるなと思いましたね。
――シナジーという観点でいうとどうでしょう?
神山 互いの業務を補えると思っています。こころみは研修というと、コンサル寄りの企業向けが多いので、ヒューマンエナジーさんの人材育成のための研修を取り入れていきたいです。もちろん、逆もありえます。
加藤 ありますね。あとは、シナジーと言えるかわからないですが、ヒューマンエナジーをキャッチしていただくことで、もっとよくなる気がしています。つまり、引き継ぎですね。それがとても重要だと思います。従業員も、お客様も、ノウハウも、すべてキャッチしてもらったら、もっとよくなると思うんです。
神山 業績がよくなるということでしょうか? それとも働いている人たちが良くなるという意味でしょうか?
加藤 結果としては、業績です。ヒューマンエナジーの社員が考えていることを受け止めてもらって、得意、不得意を理解してもらった結果、業績がよくなるのだと思います。お客様に関しても同じですね。
――こころみを選んだ決め手はなんですか?
加藤 私も真剣でしたけど、神山社長も真剣に考えてくださっているのが伝わったのが一番の決め手でした。でも、事業承継って、決めるまでよりも決めてからが長いんですよね。決めたあとに、宮原さんに間に入っていただいて、神山さんとたくさんやり取りをしました。長かったですが、駆け引きっぽいものもなく、前向きなやり取りだったと思います。
神山 確かに交渉はしていないですね。問題解決はしましたけど。加藤さんがおっしゃるように、前向きなやり取り、というのはとてもよくわかります。僕にとってもそうでした。売り手側がM&Aの条件に関してさらに交渉してきたり、双方が譲歩しなければならないことを譲らないという姿勢で来られたり、というケースもあるんですが、それがなかったですから。常に、どうやったら解決できるかという話ができたのは、すごくよかったですね。
――譲渡に対する不安はなかったのでしょうか?
加藤 全くありませんでした。会社を続ける覚悟はしていたので、こころみさんと出会えてよかったです。
神山 当初、事業承継先を別の会社にするという話もあったけれど、最後はこころみを選んでいただいたじゃないですか。それはどうしてでしょうか?
加藤 その会社は、大企業の子会社だったんです。それで、その企業の研修ができますと言われたんですよ。そんな研修をやらせてもらえるなんて、よくないですか?
神山 安泰ですね。
加藤 そうなんです。安泰だと思ったんですけど、止めました。なぜかというと、小さなことなんですが、全社員が出勤しないといけなかったんです。名古屋のオフィスに毎日来てくださいという話が出たときに社員が全員一致で止めようと。働き方ってすごく大事なんだなと思いました。それもあって、神山さんには、自由にさせてくださいって言いました。
神山 そうですね。こころみも基本的に在宅勤務推奨だったので、違和感はなかったです。
ところで、事業承継でどの会社に譲るか、加藤さんは社員のみなさんに意見を聞いたんですね。
加藤 もちろんです。だって、私は先に辞めて、残るのは社員なんですから。プロセスが進む中で、宮原さんから誰にも言わないでくださいと言われた期間があるじゃないですか。それが終わったら、社員にはすぐ話しました。
神山 その決め方はそうとう珍しいですよ。M&Aって、ギリギリまで誰にも話さないのが一般的です。ファミリー企業だと、ご家族にも話さないでくださいっていう話もあるくらいですから。
加藤 私より社員の方が、判断力が高いんですよ。
神山 みなさんのことを信頼されているんですね。
――事業承継を終えた後の気持ちを教えてください
加藤 ほっとしました。同じことを社員からも聞かれましたけど、そう答えたらびっくりしてましたね。「寂しくなった、というような感想を言われると思ってました」って。
神山 それはお金の計算をしなくてよくなったとか、社長としての責任がなくなったということですか?
加藤 これで無事にヒューマンエナジーが続くと思ったからです。それが大きいですね。契約する日の朝、初めてものもらいができたんですよ。それで、ストレスがあったんだろうなと思いました。自分ではそのストレスに気づいてなかったんですけどね。契約書にサインして、その足で出張に行きましたけど(笑)。
――承継後に思ったことはありますか?
加藤 こんな言い方がいいのかはわかりませんが、こころみのメンバーの方たちは、仲間だと思っています。それに、弊社は男性社員不在の時期が長かったので、目新しさを感じました。
神山 男性がいることによって、違いが出てくるんでしょうか?
加藤 男性、女性にこだわるつもりはないんですけれども、違いが大きければ価値観の違いも大きいと思います。異なる価値観が入ってくることは、組織発展のためには大事なことだと私は考えているし、人にもそう教えています。あとは、ヒューマンエナジーの社員にさらに馬力がついてきた気がします。
神山 本当ですか。うれしいですね。
加藤 いい意味で、私の頑張りを見てほしい、というのが出ているんじゃないかな。
神山 事業承継の結果、社員にもいい影響があったんですね。
加藤 絶対ありますね。
――こころみに期待していることや今後の展望などをお聞かせください。
加藤 なにかのときに神山社長が、ヒューマンエナジーはもっと借り入れをした方がいい、とおっしゃったんですよね。私は「借り入れなしでやってこうよ」派だったので、そのときに、やっぱり違うなと思いました。ちゃんと先行投資して、大きくしていってもらえるんだと。神山社長は、動かすお金も人も大きいビジネスをされた経験がおありなので、ヒューマンエナジーも大きくなると思ってます。
――こころみが、ヒューマンエナジーに感じている可能性は?
神山 やりたいことは明確で、「次世代にヒューマンエナジーを継いでいくこと」です。人を増やして、その人に、ヒューマンエナジーが作り出している価値を引き継いでいくということですね。
ヒューマンエナジーの社員の方って、新しいことに積極的にトライされているんですよね。オンラインへの対応も、研修会社としては早かったですから。
今、生成AIなどの新しい技術が出てくる時代で、研修業界は最も大きな影響を受ける産業の1つだと思うんです。でもそのときに、ヒューマンエナジーは勝ち組に回れる自信があります。なぜなら、時代に柔軟に対応できる人材ばかりだから。そのベースにあるのは、お客様によりよい価値を提供するんだという強い思いです。AIを使えばお客様に価値を提供できる状況があったとして、ヒューマンエナジーはそれがお客様の価値につながると確信したら、必ず提供します。だからこそ、どんどん新しい時代に対応していけると思っています。
人を増やして、今あるものを引き継いで、さらに新しい要素を入れて、お客様に価値を提供し続ける。そういう未来が見えるので、可能性をすごく感じていますね。
プロフィール
■加藤奈穂子●かとうなほこ
変革型リーダーシップ研修を得意とする人財育成のプロフェッショナル。 研修実績は27年間で352社。年間220日を社員研修と組織変革コンサルティングのため遠征。研修先は組織変革を加速させたいIT業界、製造業、建設業、地方自治体が多く、受講者は延べ10万人を超える。IT業界独自の要件定義にも詳しくプロジェクトマネジメント研修にも定評がある。集合研修でありながら受講生との個人面談、個人コンサルの場も提供する「One on One」が好評。独自開発した研修プログラムは100以上。個別カスタマイズにて提供している。
■神山 晃男●かみやま あきお
株式会社こころみ代表取締役社長
1978年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、十年間投資ファンドのアドバンテッジパートナーズに勤務。コメダ珈琲店、ウイングアーク1st等を担当。2013年6月に株式会社こころみを設立、一人暮らし高齢者向け会話サービス「つながりプラス」、家族でつくる自分史作成サービス「親の雑誌」やインタビュー社史作成サービス「創業の雑誌」を提供する。2017年より、高齢者会話メソッドによるロボット・スマートスピーカー・チャットボット向け会話シナリオ開発サービスの提供を開始。2021年より、こころみの持つ「聞き上手」を活用した事業承継の譲受企業として活動を開始。株式会社ヒューマンエナジーは事業譲渡の第一号。
・株式会社ヒューマンエナジー代表取締役
・株式会社イノダコーヒ取締役
・NPO法人カタリバ監事
・株式会社テレノイドケア顧問