絶対主義と相対主義と聞き上手
2023.09.10
はじめに
こころみの標榜する「聞き上手」は、「すべての人がかけがえのない価値を持つ」という前提に立ち、その人の考えや感情に寄り添い、話を聞き、共感し、受容することです。それでは、この「聞き上手」の基盤となる世界観は、普遍的な規範や基準、価値観が存在する絶対主義の立場なのでしょうか。あるいは、人それぞれ、文化それぞれの価値観があるとする相対主義の立場なのでしょうか。この問いについて考察します。
絶対主義と相対主義
絶対主義と相対主義は哲学的な思考における重要な2つの対立軸です。
絶対主義: 真理や道徳には普遍的な基準や規範が存在するとする立場。
相対主義: 真理や道徳の基準は文化や個人によって異なるとする考え方。
この2つの立場は、長い哲学史を通じて、さまざまな哲学者によって展開されてきました。
絶対主義の代表的な哲学者
プラトン
古代ギリシャの哲学者であり、彼の思考は絶対主義の基盤となっています。プラトンは「イデア」という普遍的で不変的な存在を主張しました。彼によれば、私たちが現実の世界で目にする物事は、その完璧な形、すなわち「イデア」の不完全なコピーであるとされました。この考え方は、絶対的な真実や価値が存在し、我々の世界はその影響を受けているという視点を提供しています。
イマヌエル・カント
近代哲学においてもっとも影響力のある哲学者の一人。カントは「純粋理性批判」において、人間の認識能力の限界と普遍的な道徳法則を探求しました。彼は絶対的な道徳的義務感を強調し、普遍的な倫理的原則の存在を主張しました。
ゲオルグ・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル (G.W.F. Hegel)
ドイツ観念論の哲学者で、絶対精神という概念を通じて、歴史や実在が持つ絶対的な真理を探求しました。彼の弁証法は、真理が対立する概念の統合を通じて進化していくという視点を持っています。
エトムント・フッサール
20世紀のドイツ・オーストリアの哲学者。フッサールは現象学の創始者として知られ、経験や意識の本質を明らかにしようとしました。彼の考え方は、物事の本質や意味を直接的な経験を通して理解するという哲学的アプローチを提供しています。
相対主義の代表的な哲学者
プロタゴラス
「人は万物の尺度である」という言葉で知られる古代ギリシャの哲学者。彼のこの言葉は、真実や価値は個人の視点や経験に依存するという相対主義の原型を示しています。
フリードリヒ・ニーチェ
近代哲学における相対主義の重要な推進者の一人。ニーチェは伝統的な価値観や道徳を批判し、それらが権力関係や人間の意志に基づいて形成されたものであると主張しました。彼は絶対的な真理の不在を強調し、多様性と個人の視点の重要性を主張しました。
ミシェル・フーコー
20世紀のフランスの哲学者・歴史家。フーコーは権力と知識の関係を探求しました。彼の研究は、真実や知識が歴史的・文化的文脈に依存して形成されるという考え方を示しており、これは相対主義の核心を表しています。
ジャック・デリダ
20世紀のフランスの哲学者・文学理論家。デリダは「脱構築」という方法論を提唱し、テキストや言語の固定された意味を問い直すことで、従来の哲学や文学理論の前提を批判しました。彼のアプローチは、真実や意味が不安定で変わりやすいものであるという視点を提供しています。
いかがでしょうか?それぞれの内容に立ち入ることは容易ではありませんが、絶対主義に属する人たちが「これが正しい」というものを提示しようとしているのに対して、相対主義に増する人たちは、「これが正しいというものはない」ということを言おうとしていることが分かります。
聞き上手はどちらの立場をとるのか?
「聞き上手」は絶対主義の立場を取るのか、あるいは相対主義の立場をとるのか。私の考えは、聞き上手は絶対主義の立場をとるべきだというものです。一見、相対主義の方が他者の意見や価値観を尊重する立場に見えるかもしれません。しかし、相対主義を突き詰めると「人と人は完全に理解しあえない」という結論になりかねません。もちろん必ずしもそういう結論にはならないかもしれません。ただ、人の話を聞くうえで、容易に「あの人と私は違うから理解しあえなくても仕方ない」「これ以上、お互い歩み寄ろうとするのは無駄」といった考えに陥りやすくなることを危惧しています。
絶対主義の立場に立つことで、すべての人が共感し理解しあえる可能性を追求することが重要ではないでしょうか。現時点ですべての人が受け入れ可能で説明可能な特定の真理が言語化されているわけではありません。しかし世界は人々が共通して受け入れることができる共通の価値基準が存在すると信じ、いつしかそれに到達し、共有できると信じることが重要ではないか。
もちろん、絶対主義の立場に立つからと言って、聞き手が現時点で持っている道徳や価値観を他者に押し付けることは絶対にすべきではありません。すべての人が分かり合える共通の価値観があると信じて、相手の話に真理を見出すべく耳を傾けること。いつか、お互いに分かり合えることに希望を持つことで、相手に立場を理解しようとし、理解しようとし続けること。絶対主義をそう言い換えてもいいかもしれません。
こころみがミッションに掲げる「誰しもが持つかけがえのない価値が共有される社会をつくる」とは、みんなに共通の価値観があって初めて成立するものです。こころみは、「聞き上手」を単なるコミュニケーション技術としてだけでなく、世の中の見方、世の中とのかかわり方に拡大し、よい影響を生み出していきたいと考えています。
株式会社こころみ 代表取締役 神山晃男