お茶が入りましたは美しい精神なのか?
2023.11.19
言語は、その使用者が世界をどう見ているかを反映します。特に、言語における視点は、文化や思考の仕方に大きな影響を与えると言えるでしょう。ここでは、ゲームにおける視点をヒントに、日本語とヨーロッパ言語を対比し、主語の使い方について考えてみます。そこから、聞き上手にどのような影響を与えるのか考えてみたいと思います。
ゲームと視点:第一人称視点と第三人称視点
ビデオゲームにおいて、第一人称視点(FPS)と第三人称視点(TPS)は、プレイヤーの世界に対する認識と関与の仕方を変えます。第一人称視点は、プレイヤーがキャラクターの目を通して世界を見る形式です。これは、プレイヤーが物語やアクションの中心にいるような感覚を提供します。一方、第三人称視点は、キャラクターを一定の距離から見ることにより、より広い視野と状況認識を可能にします。この場合、ゲームプレイヤーはキャラクターの背中や、自らが運転する車や飛行機を見ながら操作をすることとなり、世界の中に自分自身が存在することを見ながら操作をすることとなります。
言語と視点:日本語とヨーロッパ系言語
出展が定かでないのですが(どなたか分かる方、教えてください!)この視点を日本語とヨーロッパ言語になぞらえる説があります。日本語では、主語を省略することが一般的で、話し手の視点が強く反映される傾向があります。一方で、英語や他のヨーロッパ系言語では、通常「I(私)」のような明確な第一人称代名詞を使用し、話の主体をはっきりと示します。これは、より第三人称の視点に近いと言えるでしょう。つまり、日本語は第一人称視点的であり、ヨーロッパ言語は第三人称視点的だと言えます。これはちょっと面白いものの見方で、言い換えると日本人は自我が世界に溶け込んでおり、ヨーロッパにおいては自我は世界の中に独立したものとして成立しているとも言えます。あるいは、ヨーロッパ言語においては「神」の視点があって、自分も神に作られた被創造物の一つに過ぎないとも言えます。
日本人は自我を客観視することがなく、世界=自分として絶対視しているとも言えるのかもしれません。漠然と日本人に描いている、他者への配慮などとはちょっと違う像が浮かび上がるのではないでしょうか。
聞き上手における客観性と共感・受容
優れたコミュニケーションの担い手、特に聞き上手であるためには、自己中心的な視点を避け、第三人称の視点を取り入れることが重要です。客観性を持って物事を見ることで、より広い理解と共感が生まれます。つまり、自分の正しさに絶対性を確信するのではなく、自分も世界の登場人物の一人にすぎないのだ、と自覚することが重要です。この点で、日本語は実は不利な立場にあると言えるのではないでしょうか。
一方で、他人の立場に立って物事を考えることは、共感と受容を深める鍵です。他者の第一人称視点に入り込むことで、その人の経験や感情をより深く理解することができます。この点では、日本語は有利かもしれません。他者に対して深い共感を示しやすい言語、と言えるでしょう。実際に、赤ちゃんの立場になって「ママがとってあげるね。パパ、ちょっと待ってて」などと話す言語は他に存在しないと言われます。会話自体が赤ちゃんの第一人称視点で発話されており、自然と共感を生みやすい言語の証だと言えないでしょうか。
実践の場において重要なのは、第一人称と第三人称の両方の視点を持ち、それらの間を行き来できることです。これは「環世界」という概念にも通じます。環世界については別のブログ(「環世界と聞き上手」)にも記載していますが、それぞれの認識が持つ独自の世界のことを示します。そして聞き上手とは、他者の環世界に入ることにほかなりません。自らが世界において第三者視点を持つ一人であることを認識しつつ、他者の第一人称視点=環世界を想像する力を持つ。これこそが聞き上手の理想像ではないでしょうか。
日本の言い回しと文化的視点
日本には、「お茶が入りました」「ご飯ができました」といった、行為を行った者が自らを強調しない表現が存在します。これは表面的には謙虚さや美意識を反映しているように見えますが、実際には日本語の構造自体がこのような表現の背後にあった結果、自然と話されているだけなのかもしれません。第一人称視点では、「私がお茶を入れた」も「お茶が入った」も本質的な違いはないからです。むしろこれを日本語/日本人の美徳として思考停止してしまうのではなく、それで失ってしまった客観性に可能性を見出すことが、コミュニケーションの可能性をより広げることになるのではないかと考えます。
さいごに
言語と視点の関係は、私たちの思考、文化、そしてコミュニケーションの仕方に深く影響を及ぼします。第一人称視点と第三人称視点の両方を理解し、適切に使い分けることで、より豊かな理解とコミュニケーションが可能になります。特に聞き上手においては、第一人称視点をもって他者を想像することが大きな価値を持ちます。そして日本語話者にとっては、自分の認識の仕方に大きな特徴があることを認識し、そのうえでよりよいコミュニケーションを目指すことで、今までよりも他者理解に近づくのではないかと考えます。
株式会社こころみ 代表取締役 神山晃男