お金をもらって話を聞くということ

2021.12.26

弊社は、事業として「聞き上手」を提供していますので、人の話を聞く際に原則として対価としてお金をいただいています。そうしたことが聞くにどのような影響を及ぼしているのか、考えてみました。
 

お金をもらって話を聞くことは、正しいことなのか

 
 
直観的に、お金をもらって話を聞くという行為に、抵抗感やなにかしらのもやもやした感じを覚える方もいらっしゃるのではないかと思います。私にもその感覚があります。本来、人間関係において話をするー聞くという関係は、お互いの好意や関係から生まれるべきものであって、そこにお金が介在するのは望ましくないのではないか。あるいは、お金が入ることで聞く行為に余計なものが入ってしまったり、ゆがんでしまうのではないか。
 
日々お金をいただいて人のお話を聞く中で、そんな葛藤がありました。
 

お金がない場合でも、純粋に話を聞くのは難しい

 
 
しかしながら、お金をいただく場合、いただかない場合、逆にお支払うするような場合(これはあまり多くありませんが・・・)を重ねていく中で、お金をいただいているからこそできる関係性や、話というものがあることに気づいてきました。むしろお金が関係性に入ることによって、純粋に話をするー聞くに集中できるのではないかと。そんなことを考えるようになりました。逆に言うと、お金がない場合だったとしても、いやむしろお金が媒介しない中で純粋に話を聞くのはそもそも、とても難しい
 
どういうことか。基本的に、人は話したい欲求の方が聞きたい欲求よりも大きい傾向にあります。社会的にもそれは認知されており、たとえば一方的に話をした場合、その人は聞き手に「今日は一方的にしゃべってしまってすみませんね」となります。居酒屋で上司が一方的に昔話を語ることは忌むべきものとされており、ここには語る内容に価値があると信じる上司と、そうでない部下の認識の齟齬があります。
 
したがって、お金がないのに話をするー聞くという行為が成立する場合、何もなければ話し手の「借り」が生じてしまいます。負い目といってもよいものです。すると、話し手は聞き手に対する遠慮が生じてしまい、100%話してよいと思えなくなってしまいます。こうした感覚は必ずしも自明ではないため、実際には何となく遠慮して本音を言いきらない、あるいは社会通念上一般とみられる言い方にしてしまう、といった行為で表出されることとなります。
 
そうでなければ、聞き手にとって話し手が特別な存在として、聞き手が話を聞きたいから、話し手が話してもよいのだ、となります。特にその話を聞きたい理由があったり、話し手に特別な好意を寄せていたり。いずれにしてもそれはそれで、本来の「話し手が話したい話をする」だけではない動機が聞き手に生まれるため、私たちが理想とする「聞き上手」とは別のものになってしまうと考えています。特定のテーマに興味があるのであれば、それは「取材」です。最高の取材というのは私たちの定義する「聞き上手」とは別に存在していますが、あくまで別ものですので、違う方向に行ってしまうということです。
 
また、聞き手の興味と別に目的がある場合もあります。仕事における1on1などは、そうした問題を内包しています。聞き手は究極のところ、それによって業績にプラスを生み出すという動機のもとで話を聞いており(業務時間を使って会話をしているわけで、そうでなければ給与泥棒になってしまします)、話し手もそれを理解しているために、本当に話したいことを話す場にはなりません。もちろんそうした壁を乗り越えて本音で話せる場合もあるでしょうが、障壁となることは間違いなくあるでしょう。
 
または、「聞く」という技術を高めたい、というケースもあるかもしれません。ただ、そういう理由で話を聞きますよ、と言われてうれしい話し手はいるでしょうか?あるいは「ボランティアとして行う」というケース。これも同様です。ボランティアで世の中のためになりたいので話を聞かせてください、といわれた話し手は、すでに聞き手よりも劣位に置かれてしまう。基本的に誰かが劣位にたった状態でできる話は不自由であると私たちは考えます。
 

お金が間にあるから話せる、聞ける

 
 
逆にお金を間に入れることで、お互いのうしろめたさがなくなり、対等な関係が作られます。関係性の問題、お互いの思惑をお金と一緒に横に置くことで、ただ話すー聞くだけに集中することができる。対等でありつつ、話し手が払う方なので、どちらかと言えば話し手が優位です。これは重要で、話し手が優位であることは自由に話をするうえで極めて重要です。
 
聞き手からすれば、お金のために話を聞くわけではありません。お金以外の自己的な理由で聞くことを排除できるから、本当に話し手のためになる聞き方を実践できる。「何かのためや自分のために聞く」ではなく、「聞くために聞く」の実践のために、お金ほど、ニュートラルで強力な物はない。そう考えるようになりました。
 
思えば、カウンセリングやコーチングの世界も、もちろん仕事が成り立つためではありますが、お金を払っているから話し手の地位が安泰となっている側面があると思います。お金を払った場合と、例えばボランティアや、何かしらの補助金で無償で話を聞いてもらう場合では、話し手が本音で話せる度合いに差が出てくるのではないでしょうか?
 
また、スナックやキャバクラでおじさんたちが存分にお話をする(ホストクラブでお姉さんがお話をする)ことも、お金を払っているという安心があるからと言えるでしょう。ただまあ、お金ですべてを買えるわけではないですから、あまりに下世話な話や、聞き手の人格に関わる話をすることは避けるべきとは思います。あくまで話し手が自由に話す権利だけがお金で手に入るのだと、肝に銘じましょう。
 

お金のもらい方に、工夫の余地はある

ただし、お金のもらい方を、会話の対価として直接的に明示する必要は必ずしもないと考えています。むしろ明示しない方が話しやすい。私たちの提供する家族のための自分史作成サービス「親の雑誌」は、プレゼントとして自分史を作るサービスです。お子様が私たちに対価を支払い、そのサービスとして、私たちが親御さんにお話を伺いに行きます。親御さんは私たちに申し訳ない気持ちがない一方、お金を払ったという感覚もない(あるのは子供への感謝の気持ちだけ)ので、非常にニュートラルに、信頼関係を持ってお話を聞きやすい。だからこそいろいろな昔のことを率直に、振り返ることに集中していただけると実感しています。
 
ビジネスでのインタビューは、少し工夫が必要となります。1on1と同様に、業務改善のため、という目的が別にあるので、それが本音で話をする邪魔になってしまう可能性があります。そこで、私たちはいったん、業務そのものではなくてお話をする方についての過去やそこで働いてきた経緯などをお聞きするようにしています。あえていったん、主要な目的から外してお話を聞くことで、目的に必ずしも合致しない(と思われる)ことでも話してよい状況を作り出します。これによって、業務に関係する話であっても、素直に話し手が感じたこと、思っていることを話しやすくする効果が生まれます。ここは若干フィクションが入る方法論になりますが、気持ちとして、「お金をいただいているからこの場に来ているが、聞き手は話し手の話に引き込まれているがゆえにもっと話を聞こうとしているのだ」という状況設定を、その場で作り上げるともいえるでしょう。
 
こうしたかたちで、お金をもらう名目を少しずらすことで、本人からより素直にお話を伺うことで成立しているビジネスモデルもあります。例えば証券会社の営業の方や、保険の営業の方などはかなり聞き上手だと思われますし、世間話が主要な価値となることも多いと思いますが、彼らは聞く対価としてではなく、金融商品の売買手数料という形で対価を受け取っています。こうした形態はお金を払う局面、つまりマーケティングやビジネスモデルそのものにも有効で、非常に参考になります。
 

聞く側の気持ち

 
 
もう一点、お金をいただくことは、聞く側にも大きなメリットがあります。それはプロとして話を聞けることです。責任が生じるために、熱心に聞くためのインセンティブが働きます。どんな方に対しても最高の聞き上手を提供する、それは無償で興味がある方のお話を聞いているだけでは経験できません。そして、「聞き上手」とは、どんな方に対しても同様に興味を持ち、気持ちをオープンにすることで初めて成立する技法です。それができていないと、興味がある方の話を聞くときだったとしても、自分が聞きたいように聞いてしまいます。つまりプロとして、必ずしも興味を最初は持っていなかった方の話を最大限に聞くという行為が、聞き上手を上達させるために必要なのです。
 
こうした形で優秀な聞き上手人材を育成できることで、対価として金銭をいただくに見合うだけの聞き上手を提供できる。こころみはそう自負しておりますし、これからもこの循環をさらに上のレベルで実現したいと考えています。
 
株式会社こころみ 代表取締役 神山 晃男