変革は自己肯定感から始まる

2021.10.17

ビジネスでもプライベートでも、何かを変えようとするには、自己肯定感が高くないと難しい。そして誰かの自己肯定感を高めるためには、その人の話をよく聞くことが極めて有効です。むしろそれ以外に誰かが誰かの自己肯定感を高める一般的な方法はないのではないか、とすら思います。
 
今日はそんな、変革と自己肯定感の関係について、そして他者の自己肯定感を高める方法について考えてみたいと思います。
 

変革の必要性

今ほど変革が叫ばれ、変革に価値があるとみなされる時代はないのではないか。
 
長い目で見れば、例えば縄文時代は1万年程度続いていて、その間人々の生活はほとんど変化がなかったと言ってよいでしょう(もちろん縄文土器の様式の変遷や、初期的な農業の発生などの変化はありましたが)。平安時代においてはそもそも新しいものは忌避され、貴族における重要な価値観と役割は、いかに前例を知っており、それを踏襲した儀式を行えるかでした。
 
今まで先人が積み上げてきたものをいかに変えずにそのまま次代に受け継げるか、がある世代に求められる最も重要な責務だった時代が、人類の大部分だったと言えるかと思います。
 
それが大きく揺らいでいるのが現代社会です。
 
特に20世紀終わりから始まったインターネットを基軸にした技術の進化は、進化そのものを加速させました。生まれたときに身の回りにあったものが、自分が成人した時にほとんどなくなるような時代に、今わたしたちは生きています。例えば私が生まれたときに当たり前のように身の回りにあったブラウン管のテレビ、固定電話、マッチ、フロンガスたっぷりの冷却スプレーなどはほとんど見ることができません。おそらく今、身の回りにあるスマートホン、ヘッドフォン、それからガソリン車などは20年後、30年後にはほとんど目にしなくなるでしょう。そんなことが一つの世代に起きたことは、明治維新などごく一部の地域の一時期を別にすれば、今までの世の中でありませんでした。
 
このような時代でより豊かになる、あるいは豊かさを維持するためには、変革についていくことが必要です。変革についていくとは、自ら変革していくことにほかなりません。
 
エミール・ゾラの「居酒屋」という小説に、ボルト職人の話が出てきます。超人的に鍛えた体で1日に300本のボルトを仕上げるグージェという青年は、ボルト工場が1日に数百トンのボルトを仕上げる現実にうまく向き合うことができず、日払いの報酬が12フランから9フランへと下がっても同じ労働を続け、じわじわと没落していきます。
 
そんな変化が数年単位、あるいは数か月単位であちこちで起きている、そんな時代に私たちは生きています。昔の人たちが祖父母や地域が昔からもっていた教えを守るべきだったように、私たちは世の中の変化を見据えて、それに対応し続けるべき。そんな世の中なのです。
 
ただし、私は変革だけが素晴らしいと思っているわけではありません。昔から伝わる道徳、知恵には時代を超えて素晴らしいものが多くありますし(むしろ知恵は時代を超えて残っているものが素晴らしさを証明できているとも言えます)、変革から背を向けて、自らの信じる正しい暮らしを追求することができる世の中でもあります。
 
いずれにしても、世の大多数の人たちにとっては、変革を自ら行い続けることが、私生活でも働くうえでも、求められる時代といえるでしょう。
 

変革が根本的に持つ難しさ

 
ところが変革を行うことは難しいし、心に負荷をかけます。なぜならば、今までの自分を否定しなければならないからです。今まで正しいとしていたものを正しくないとしなければならない。今まで良いとしていたものを良くないものとしなければならない。
 
先ほど整理したように、人類は大部分を今までのやり方を守ることを是としてきたわけですから、当然そういう考え方をしないようにできているし、心に痛みが発生します。そのため「今までのやり方の方がうまくいく」「新しいやり方には問題がある」「こんなことうまくいくわけがない」といった考え方が支配的になります。ある意味で、抵抗勢力といわれる方が当たり前の考え方をしているのだ、ともいえるでしょう。
 
その前提にたって変革を行う場合、まず考えられるアプローチとして「必要に迫る」があります。もう変革しないことにはにっちもさっちもいかない、このままでは自分は本当にだめだ、生きていけない、となって自分や行動を変えることになります。これは、当然ですがつらい。実際につらい状況になるか、自分を精神的に追い込んで変革をするわけなので、とにかくしんどい。いわゆる自己啓発本やビジネスポルノと呼ばれるような書籍が伝えている内容は、実はこうした追い込みを前提としていたりするので、注意が必要だと個人的には思います。危機意識を植え付けた方がものは売りやすいからです。でもそれに従って自己変革を続けても、幸せになれません。このままでは駄目だとずっと言われ続け、そう思い続けるからです。
 
それから、当事者目線ではなく、変革を外から期待する側、例えば経営者が自社の変革を行おうとするときにこのアプローチを外から行おうとする場合には、抵抗が生じて変革できないということが起こります。
 
「うちの会社はデジタル化が遅れているからDXをやらねばならない」
「能力の低い社員の能力向上を今までにないやり方で徹底して行う必要がある」
「今までのやり方では生き残れない。グローバルスタンダードを目指せ」
 
言っていることは正論かもしれませんが、言われた方は自分を否定されているので、反発します。むしろ今までのやり方のよい面や、変化することによって生じるデメリットを強調し、自己を正当化します。つまり変革を行うために現状否定から入る。それが故に現状否定に対する反発が生じ、変革が頓挫するのです。
 
さらに言うと、現状に対して負い目や危機意識がある方が、反発が生じやすい側面があります。内心、自分たちもこのままではだめだと思っているがゆえに、そうした負の現実を受け入れたくない。だからこそ外側に防御を張り、他者から問題提起されることを否定したくなるのです。本当に課題が深刻な方が変革を起こしにくく、健全な組織や人格の方が変革を起こしやすい。そうしたフィードバックループがあると言えるでしょう。
 

変革を肯定的に起こす仕組み・・・変革は自己肯定感から始まる

 
それでは、どうすれば変革を健全に、また適切に行うことができるのでしょうか。
 
それは、先ほど述べた「現状がだめだから変革する」ではなく、「現状が良いから、さらによくするために変革する」という前提条件に立つことです。より正確に言えば、「現状そのものに至っている自分のありようが正しく、変革に向かう自分のありようも正しい」と思えるということです。
 
これがタイトルで述べた「変革は自己肯定感から始まる」の意味になります。
 
自分は正しい、自分は今のままでよいからこそ、新しいことに挑戦したり、古いものを捨てても自分の価値は損なわれないのだ、と思う。あるいはそのように新しいことに挑戦する人である自分が素晴らしい存在だと思える。そういう考え方になるということです。別の言い方をすれば、結果を評価するのではなく自分のありようを自ら認めるということです。
 

安全基地という考え方

 
発達心理学に、「安全基地」という概念があります。昔は、抱っこばっかりしてると、抱き癖がつく、親から離れられなくなる、自立を妨げる、などと言われていましたが、今は全く逆で、ちゃんと抱っこしてあげて、子どもが安心感をしっかり持てるようになると、自然と親から離れて遊んだりチャレンジしたりできるようになると言われています。それは背景に「ここに戻ってくれば大丈夫」というものがあれば、危険と思える場所に行ってみることができるようになるという考え方があります。これを安全基地というわけですね。
 
 
 
この考え方に近いと思います。自分のありようを肯定的にとらえられているから、新しいことに挑戦して失敗しても、肯定的な自分に帰ってくることができる。だから新しいことに挑戦したり、失敗してもいいと思える。自己肯定感とはそのようなものだと考えるとわかりやすいのではないでしょうか。
 

自己肯定感を高めるには?

 
自己肯定感という言葉自体、ここ数年で知名度が上がってきています。流行り言葉といってもいいかもしれません。それだけ変革の時代で自己肯定感を高く保ちたいという欲求が世の中全体に増しているということかもしれません。
 
そのため、書籍などで「自己肯定感を高める方法」などの本が多く出ていますし、それで救いになるケースも多くあると思います。今自分事として、自己肯定感の低さを感じている場合にはそういったものを深く知ることも方法の一つと思います。
 
ここでは、変革を進めるために他者の自己肯定感を高める方法を考えてみたいと思います。
 
単純に考えると、「褒める」行為が自己肯定感を高められるのではないかと思います。しかし褒める行為は危険性を伴います。
 
一つは、褒められることそのものを目的としてしまう可能性がある点。人は褒められると嬉しいので、また褒められたいと思います。すると、例えば目標を達成した時に褒められることを繰り返すと、目標を低く設定するようになります。変革ではなく、目先の褒められるという行為に注意が行ってしまうのですね。
 
もう一つは、褒められる対象が結果である場合です。●●ができて偉かった、売上が達成できたから素晴らしい、あるいは●●という能力があるから素晴らしい。こういった褒められ方は、外形的な自分のスペックや結果で評価されることになるため、過去を高く評価し、変革から遠ざける効果を生みます。売上達成を褒められたら、同じように売り上げ達成する方法を続けたいと思いますよね。能力を褒められたら、その能力をそのまま守りたいと思うようになります。
 
私は、褒めるのではなく、「共感」と「受容」が自己肯定感を高める方法であると考えています。つまりその人の気持ちを共有し、同じ気持になったうえで、「その気持ちでいいんですよ」というメッセージを送り、そう思ってもらう。「私はこのような気持ちでいていいんだ」「私の今のありようが正しいのだ」という信念こそが高い自己肯定感につながると言えます。
 
このような状態であると、自分が外から見てどうあるかを気にしなくても自分がいいと思えるため、変革に対してもニュートラルでいることができます。そうすると、必要なものは取り入れ、必要でないものを捨てていくことができるようになるわけです。「どうなっても私の価値は変わらないから、何をやってもいい」と思える状態と言えるかもしれません。
 
 
これだけ聞くと難しいと感じるかもしれませんが、人間の心はゼロイチではないので、いつでもそう思えるようになる、ということではなく、そういう傾向が生まれたりそう考えることが増えることだととらえるとわかりやすいのではないでしょうか。
 

悪いプライドと良いプライド

今までの話を踏まえて、例えばビジネスで業務改善を行おうとしたときに、悪いプライドと良いプライドがあると考えると、分かりやすいと思います。
 
悪いプライドというのは、今までの自分の実績や自分のスキルが他者より優れているから自分は素晴らしいと思うこと。典型的に思い浮かぶのは、大企業で高学歴で実績のあるおじさん、ではないでしょうか。引退後も昔の肩書を持ち出して威張り散らすような。
 
よいプライドというのは、今までの実績や自分が持つスキルとは関係なく、自分に誇りをもっていて自分は素晴らしいと(それだけだと偉そうな人になってしまうので、他人も素晴らしいと思っていただきたいですが)思えること。
 
悪いプライドを持っていると、変革の話が出てきたときに、自分が攻撃されていると考えてします。今まで自分が作ってきたものを否定するのか、となったり、変革することで自分の持っているスキルの価値がさがるのではないか、と思ってしまう。
 
よいプライドを持っている場合は、変革にも積極的になりやすい。現状を変えましょうという話にも、いいところはよい、悪いところは悪いと評価して、悪いところを直していける。
 
自己肯定感を高く保つことが、よいプライドを持つことであると言ってよいと思います。だからこそ変革につなげられる。逆に言うと、悪いプライドを持っている方こそ、実は自己肯定感が低い方が多い。そういう方の自己肯定感を高めることが、企業や組織の中で変革を起こすために必要であると考えます。
 
 

よく聞くことが自己肯定感を高める

 
 
弊社の今までの聞き上手についての考え方を読んでいただいている方には、他者の自己肯定感を高めるための手法として、弊社の言う「聞き上手」が大事であると納得しやすいのではないでしょうか。「聞き上手」とは、人の気持ちに寄り添い、共感し、受容することです。それは外面的な結果や能力を認めることではなく、その人そのものを認める作業に他なりません
 
ただし、世間話でじっくり人の話を聞くのに加えて、ビジネスで「聞き上手」を実践するには、難しい面も伴います。お互いの立場があったり、結果や現状を肯定したくなったり、自分も感情を動かされてしまう状況にあったり・・・
 
ただ、だからこそ「聞き上手」の能力を高め、他者の話を聞く力を高めることが、企業の変革に一番重要であると言えるのです。
 
パワハラ気味に言うことを聞かせたり、マニュアルを準備してその通りに何かをさせていては競争力が維持できない、変革を前提とした時代だからこそ、聞き上手の価値が高まっていると思います。弊社は、今後もそうした「共感的理解」と「論理的理解」の双方を用いて、ビジネスでもプライベートでも活用できるディープリスニングの方法論を高めていきたいと考えています。
 
株式会社こころみ 代表取締役 神山晃男