聞かない聞き上手

2021.12.12

人の話をよく聞くことに欠かせない、もっとも重要な要素は、「関心を持つこと」。相手の話を聞きたいと強く思い、相手の話の内容、話すときの様子を五感のすべてを使って聞くことが聞き上手の一丁目一番地と言えます。
 
ところが、熱心に聞かないことが聞き上手になることもあります。今日はそんなやり方について考えてみたいと思います。
 

熱心に聞いてくれることが負担になる

 
まず、熱心に話を聞くことはとても大事です。相手の話に共感し、受け止めたうえで受容することは、聞こうとする気持ちがなければ絶対にできません。相手の目を見て、体を向け、相槌や反応をして話を聞いていることを示す。これらは話を聞く際の基本的な動作です。
 
ところが、こうした姿勢が、場合によっては話し手の負担になることがあります。深刻な話であったりすればするほど、きちんと受け止められることが負担になってしまう。話し手にも覚悟が求められてしまうのです。自分の中身を相手にさらす行為は、もともと緊張感をはらんでおり、抵抗感が自然にあります。聞き手が熱心に聞くことで、自分の中身が伝わることが分かると、抵抗感がより強くなってしまう場合があるということです。もちろん、話したい気持ちがそれを上回るからこそ、普段は熱心に聞こうとすることが大事なのですが、必ずしもそれではうまく話せない場合がある。特に自分にとって恥ずかしいことや負い目に思っていることなどは、特に話しにくくなりやすいと言えるでしょう。
 
また、人は話したい欲求の方が聞きたい欲求より強いのが自然です。そのため相手に話を聞かせることに対して、負い目を感じてしまうことがあります。よく、人の話を聞いた後に、「今日は私ばっかり話をしてしまってすみません」と謝られることがあります。話を聞かせることは悪いことだと認識されているのですね。だからこそ、熱心に話を聞く姿勢は、より相手によくしてもらっていると感じてしまい、遠慮してしまうという場合もあります。
 
 

聞いていないから話しやすい状況

 
相手が熱心に聞いていないから話しやすい状況というものがあります。例えば、車の運転をしながら、助手席に座る人が話し、運転している人が聞く。注意力のうちある程度の部分は運転に向かっていますから、100%聞き手の話を聞いているわけではない。だけども、だからこそ本音が出やすくなって言いやすくなる。そういうときに、意外な本音がでたり、話し手も意図せず気持ちが表現されたりする。そんな経験したこと、ありませんでしょうか。
 
例えばハイキングや散歩をしながら話をする。お互い、景色を見たり、他のことに注意をとらわれながら話をする。だからこそ思ったことを緊張感なく話せる。
 
最近はキャンプがはやっていますが、焚火を囲んで話をすると本音がでやすくなることを実感します。きっと焚火そのものにリラックス効果があるのでしょうが、聞き手の注意もそちらに向いているから話やすいという側面もあると思います。もし話し手は焚火をみて話をしているのに、聞き手が話し手を向いて熱心に聞いてきたら、かなり話しにくくなるのではないでしょうか。
 
そんな風に、「何かをしながら話を聞く」というのが、意外と話やすさを生むことがあるのです。
 
 

スナックのママは聞いているけど聞いていない

 
さて、「聞くプロ」のひとつに、スナックのママがいます。私もスナックは大好きです。では彼女たちが普段、お客様に多大な興味関心を持って話を聞いているかというと、実はそうではありません。お店を切り盛りしていますから、常に何か作業をしています。飲み物を作ったり、器やテーブルを拭いたり。他のお客様のケアもしますから、話の途中でちょっとの間いなくなる場合もあります。さらには、他のお客様がカラオケなど始めてしまえば、もうお話自体が成立しません。そんなわけで、決して集中して話を聞ける状況ではない。
 
彼女たちはそんな状況「なのに」聞き上手なのではなく、そんな状況「だから」聞き上手なのではないか。お客さんの方からすれば、それほどすごい注意をもって自分の話を聞いていると思っていないので、緊張感がありません。だからこそ、ぽろっと本音を出しやすくなったり、変に繕って格好いいことを言う必要がないのです。そもそもスナックは、別に話さなければいけない場でもありません。話してもいいし、話さないでお酒だけ飲んでいたっていい。カラオケをしてもいい。だからこそ、なんの構えもなく話ができる。そんな空間がデザインされているのではないか。そんなことに気づきました。
 
 

「聞いていない」状況を作ることはできるか?

 
 
どうやら、人はちゃんと聞かれていないことで緊張感がなくなり、本音を言いやすくなる、ということはありそうです。さて、ではそうした人の特性を、聞き上手として何かを聞くときに、応用できるでしょうか。
 
これはなかなか難しい。さすがに1on1の場で上司が何かほかの作業をしながら話を聞いていたら、頭に来ますよね。安易に聞くことに専念しない空気を出せば、即座に話す気がなくなります。
 
ここではシチュエーションそのものの設計を工夫することで、狙った効果が出せる場合があります。例えば、1on1でうまく本音が聞けないときに、出張先で車を運転しながら助手席の部下に悩みがないかを振ってみる。会議室ではなかなか意見が出ないテーマについて、客先に向かう駅からの道で聞いてみる。
 
もちろんいつでもできることではありませんが、意識がもてていればそうした機会を逃さずに仕掛けることはできるでしょう。「あえて聞かない」を聞き上手の技に取り入れることで、応用が聞くようになる局面は、意外と多いことに気づきます。
 

まとめ

 
さて、そんなわけで、「聞いていない」状況を作ることで相手の緊張感をとき、ぽろっと本音を出してもらうようなことがあることが共有できたのではないかと思います。
 
ここでもう一つ重要だと私が思うのは、「聞き上手とはこういうものである」という固定観念に縛られないことです。熱心に聞くことが大事なのはもちろんそうなのですが、常にそうなのか、今の聞き方で本当に相手が満足できる聞き方をできていたのか、それを常に自問自答する姿勢。それこそが、相手に興味関心を持ち、相手のことを知り、共感したいと思う心であるし、常に心掛けたいと考えています。
 
 
株式会社こころみ 代表取締役 神山晃男