ロボットに魂を吹き込む人びと| 脚本家・舘そらみさんとこころみ代表・神山晃男の対談(第2回/全5回)

2022.11.22

スマートスピーカーと話していると、彼らが話す言葉は全部AIが考えているんだろうなと思うことがあります。が、実際その言葉の多くは人間が頭を悩ませながら考えているんです。ロボットの姿形をつくるデザイナーや、ハードウエアやソフトウエアをつくるエンジニアがいるように、話し言葉にもそのプロがいます。では、プロがつくるとロボットの言葉はどうかわっていくのでしょうか?
今回は、テレビドラマや映画の脚本、また劇団の主宰者でもある「話し言葉のプロ」舘そらみ(だてそらみ)さんと、ロボット・スマートスピーカー・チャットボット向け会話シナリオ開発を行う株式会社こころみ代表の神山晃男が「ロボットの会話づくりになぜ脚本家が必要なのか」をテーマに話し合いました。
脚本のセリフとロボットのセリフの違い、セリフのつくりかた、セリフの効果……2時間の対談で話は一度も止まらずに爆走します。5回にわけてお届けする「ロボットに魂を吹き込む人びと」。今回はその2回目「ロボットの会話の失敗と成功」です。難しいプログラミング用語も数式も出てこない、ロボットのカクカクしたイメージをまるーくお伝えします。

対談の動画もYouTube「こころみ公式チャンネル」にアップしていますので、ぜひご覧ください! 2人のテンポ良いトークは映像で見るとより楽しめます♪
▶︎YouTube ロボットに魂を吹き込む人々第2回「ロボットの会話の失敗と成功」

<目次>
ロボットに魂を吹き込む人々
第1回 ロボットのセリフって誰かがつくっているの?(配信中)
第2回 ロボットの会話の失敗と成功←★今回はココ★
第3回 ユーザーの反応から気づいたロボットがもたらす効果 11月29日(火)配信予定
第4回 ロボットの会話シナリオに脚本家の力が必要な理由 12月6日(火)配信予定
第5回 ロボットと人の関係をつなぐストーリーの力 12月13日(火)配信予定
※2人のプロフィールは文末をご覧ください。

ロボットに話しかけられること、人間に話しかけられることの違い

神山  私は、身体性のある生身のロボットってすごく「無駄」のあるものだと思うんです。だって、会話だけならスマホのアプリでいいじゃないですか。でも、その無駄が必要なんですよね。ユカイ工学さんが「あまがみハムハム」などの身体性のあるぬいぐるみを介しているのは、それだけの効果があるからなんですよね。

そらみ  すごくわかります。実際、実感されます?

神山  やっていてそう思います。これって、なんなんでしょう? スマホに「おはよう」と言われるのと、ぬいぐるみみたいな実体があるものに「おはよう」と言われるのとでは、受け取り方が明確に違う。人間に「おはよう」と言われるのとスマホに「おはよう」って言われるのが違うのは、感覚的にも論理的にもわかるんだけど、ぬいぐるみに「おはよう」って言われるのに、なんでそんな違いを覚えちゃうんですかね。

そらみ  私もはっきりとはわからないんですけど、スマホと人間という線上で比べたら、ロボットってだいぶん人間寄りに捉えられるんだなあって感じるんです。

神山  スマホと人間の中間ではなく、人間に近い存在だということですね。

そらみ  そうです。そう捉えられることがすごく多くて、びっくりするくらい。

神山  確かに。

そらみ  ロボットに対して怒っちゃったりする人もいますけど、怒るってすごいですよね。

神山  一人前の人間扱いしてるってことですもんね。

そらみ  そうそう。

神山  すごいですよね。実体を持っているものに対して、人間の本能がそうさせるのかな。

そらみ  今思ったんですけど、自分が理解できない相手だからっていうのも大きいのかも。よく私たち、ロボット作るときに赤ちゃんを例に取りますよね。「赤ちゃんもこういう行動とるよね」「あ、じゃあそれロボットにも入れてみようか」みたいな話をよくしません?

神山  うんうん、しますね。

そらみ  赤ちゃんって結局、何を考えているのかわからない。私は育ててはいないんですけど、赤ちゃん自身が説明するわけじゃないし、よくわからないですよね。

神山  わからないですね。

そらみ  もっと言うと、赤ちゃんには何が世界として見えているのかもわからない。わからないけど、何か反応し続けているから、何かしてあげたくなっちゃう。あれって、何を考えているのかわかったら、あんまり気にならない気もしているんです。

神山  なるほど。赤ちゃんが、「ご飯がほしい!」「おもちゃがほしい!」って言ってるのがわかったら、それ渡しておしまいになっちゃいますもんね。

そらみ  そうなんです。「なんで泣いてるの?」「どうしたの?」ってこっちのいろんな感情が揺さぶられるから、どんどん大きい存在になっていく。恋愛でも同じですね。よくわかんない相手の方が、こっちはいろいろ考えちゃいますから。

神山  そうか、そうですよね。今の話を聞いていて、結局、大の大人同士だってお互いよくわかっていないなって思いました。

そらみ  そう。その「よくわからない」っていう部分が人間寄りの大きな要素な気はします。「なんでそんなことを言うんだ、腹立つ!」「言われたことが、予想外で嬉しい!」とか。完全にわからないと逆に感情揺さぶられないと思うのですが、「よくわからない」のバランスがいいんでしょうね。少しだけはわかる、でもよくはわからない。

神山  スマホだと余白がないんでしょうか。

そらみ  そうだと思うんですよね。目的に対して直接的なものしか返ってこないというか。

神山  確かに。

そらみ  スマホやアプリでは、作っている人間の意図が透けて見えてしまうこともありますね。でもロボットだと、全てが直接的ではないからこそわからない。それはやっぱり、いろんなバリエーションを入れてるおかげもあるのかな。もちろん、今のロボットの性能がそんなによくはないのもあるかもしれないですけど(笑)

神山  そうですね。AIと会話とかまだぜんぜん無理ですからね。

そらみ  そうそう。まだ性能的に、説明のつかない、不可解なバグとかぜんぜんあるじゃないですか。実は、それも含めていいんじゃないかな、と思います。

神山  そうか、なるほど。

ロボットの役目を明確にしない

神山  最初のキャラクターの話に戻りますけど……たとえば、「100%わんぱくキャラ」をつくっちゃうと、「ああこれはわんぱくキャラなんだな」ってすぐにわかって、謎がなくなっちゃうのもよくないのかもしれないですね。
ちょっとノイズを入れることによって、「あれ? なんでこいつこんなこと突然言うの?」という疑問が湧いてくる。それで、もっと知りたいと思うようになるんですね。

そらみ  本当にそうですね。シナリオにパターンをつくった方が不思議と人の興味を惹くんですよね。もちろん、バグを見破られないためにわざと揺らぎを作ったっていうのもすごいありましたけど。(笑)

神山  ありましたね。バグっていうのはつまり、ユーザーの言ってることがわからなかったり、認識できないということに対して、ごまかせるようにということですね。

そらみ  そうですそうです。あともう一つ、そういった揺らぎを作った理由としては、ロボットの役目を明確にしないためでもありました。

神山  ロボットの役目を明確にしないため、ですか?

そらみ  たとえば、パソコンがフリーズしちゃったら腹が立つじゃないですか。なんでやねんってなる。それって、パソコンというものの役目をこっちが固定させちゃってるせいで、その通りにならないと「おい、お前の存在意義はどうした」ってなっちゃうんだと思うんです。存在意義とか、これをやる役目の存在ですっていうのを打ち出しすぎると、それができなかったときに腹が立つんですね。

神山  なるほど。役に立つ存在ですっていうのを打ち出しすぎると、それが役に立たなかったときに、もう許せないんですね。

そらみ  そうそう。だからそうさせないためにも、揺らぎをつくったっていうのはありますね。

神山  確かに今までセリフをつくってきたロボットでも、「私に任せてください」とか「困ったことがあったらなんでもどうぞ」という言葉は、絶対に言わないようにしてましたから。

そらみ  言ったら自分たちの首を締めるから(笑)

神山  そうそう(笑)。「ぜんぜん相談に乗らねぇじゃねぇか」みたいになっちゃう。

そらみ  「頑張ってみるよ」よりも「できるかなぁ」くらいにしておいた方がいいですよね。

神山  そこは大事ですよね。

偉そうなロボットをつくったら大失敗

そらみ  だからやっぱり、私たちが作ってきたロボットは、思ったより人間寄りだと思います。

神山  ユーザーである人間が普段から接しているのは人間で、その人間というもの自体が不安定で気まぐれで、どうリアクションするかわからない。だから、そういうものをちゃんとロボットにも入れましょうということで、今やってるんですね。

そらみ  そうそう本当に、そこに尽きると思います。まずは人間を意識する。その上で、ロボットの方が人間より可能性を持っている部分もあると思います。というのも、人間って、愛があってすごい癒やしの効果を持っているかもしれないけど、同時に面倒臭さもありますから。

神山  なるほど、人間は面倒臭いと。

そらみ  そう。一方でロボットなら、ユーザーさんに対して、人間より踏み込んでこないし、危害を加えたり傷つけたりしない。そういう絶対の安心感だけは担保できますよね。

神山  「危害」がないんですね。

そらみ  いざとなったら電源を切ればいいっていうのもあるのかな。だから、「ここくま(*1)」のようなロボットっていうのは、人間のいいとこ取りをしてくれますよね。これはすごく大きいと思います。

*1 ここくま…離れて暮らす家族と音声メッセージで連絡が取れ、人感センサーの反応で天気や 季節の話題などを話しかけるクマのぬいぐるみ型コミュニケーションロボット。株式会社NTTドコモ、イワヤ株式会社などの共同開発で2017年1月25日に発売され、株式会社こころみは会話シナリオの作成を行った。
https://www.docomo.ne.jp/info/news_release/notice/2017/01/20_00.html

神山  それは、見た目の効果もありますね。やっぱり見た目が可愛いから、危害を加えてきたり、傷つくことは言ってこないだろうと思えるんでしょうね。

そらみ  その通りですね。サイズも小さいから、脅威に思わない。

神山  大きいロボットだと、怖かったりするじゃないですか。手とかぶん回されたら危ないな、と思っちゃう。もちろん大きいロボットもそうならないようにつくられているんだけど、本能的に怖くなっちゃいますね。

そらみ  そうですね。

神山  自分より賢いんじゃないかと思った瞬間にすごい警戒したり、傷つけられちゃう気がすることもあると思うので、そう思わせない見た目や喋り方が大事だと思います。

そらみ  めちゃくちゃ大事ですね。「ここくま」の製作途中で、ちょっと偉そうなロボットのパイロット版をつくっちゃったことがあったじゃないですか。「ボク、知識いっぱいあります!」というキャラクターのロボットですね。そのパイロット版をユーザーさんにトライアルしてもらうときに、「お前何様だ、お前何を知ってんだ!」ってすごい怒られたことがありましたね。特に、高齢の男性のユーザーさん相手のときが多かったのかな。

神山  そうそう。「評価1(最低評価)」とかでしたね(笑)

そらみ  それで、「ああしまったな〜」となった。あれって、「こいつ、自分より頭がいいんじゃないか」とか「見透かされてるんじゃないか」とか「マウント取られてるんじゃないか」ということを本能的に拒否して、怒りになって出てきたんだと思うんです。だから、そういうすごいロボットだと思われるのは怖いですね。

神山  そうですね。すごいと思われないってことは、すごく大事ですよね。

そらみ  大事ですね。

神山  将来AIが進んでいったらいろんな会話ができるようになるでしょうけど、そのときも万能になっちゃうと、きっとだめなんでしょうね。

そらみ  そう思います。そのときはぜひ、脚本家を呼んでいただいて(笑)

神山  そうですね。それは、今まさにやってることですからね。
面白いな。そう考えるとやっぱり、役に立つロボットつくりましょうとなっても、今みたいな視座を入れないと、使えるロボットにはならないということですね。

そらみ  まぁ、本当に性能がいいロボットに会ったことがないからわからないですけど、現状はそんな気がします。人間に置き換えるとわかりやすいですけど、どんなにスマートで自分のためを思ってくれる人間でも、私が嫌いだったらその人の言動すべて嫌なものに思えますから。それは、どんなに性能がいいロボットが出ても変わらないと思います。

神山  確かに。ユーザがロボットを好きになれるかどうかがまず第一なんですね。それによって、ロボットに言われたことに対するリアクションが変わってくる。

そらみ  本当そうですよね。それか、電子レンジみたいに、喋りもしないし感情もない「物」として存在させるか、ということになるのかな。

神山  なるほど。そうするとルンバみたいに可愛がられることもあるでしょうね。確かにそっち側の方向にも、可能性はありますね。

ロボットのシナリオの9割はテクニック

神山  そらみさんが会話シナリオをつくるとき、ロボットの言葉遣いや口調というのは、意識的に決めているものなんですか?

そらみ  めちゃめちゃ意識的につくってます。ちょっと語尾変えたりとかもしてますよ。

神山  「ぎゅっとしてよ」と「ぎゅっとしてね」だとぜんぜん違いますもんね。

そらみ  そうですね。あとは「ね。」と「ね!」と「ね〜」でも違うんですよ。そういうのは、意図的に書き分けています。この書き分けをつくるのは、9割がテクニックなんですが、残りの1割はなかなか説明できないですね。感覚的にやっているとしか言えないんです。

神山  ノウハウにも、暗黙的なものと明示的なものがありますから、すべてが説明できるわけではないですよね。

そらみ  そうなんですよね。9割はぜんぜん説明できるんですが。

神山  おお、ぜひお願いします。

そらみ  そうですね……たとえば、「できるだけ短く何文字以内にした方がいいよ」とか、「テンポ感や韻の踏み方は何個以上は入れた方がいい」とか、「音を重ねるといいよ」だとか、そういったことは言えます。

神山  なるほど〜、それもすごいですね。でもやっぱり、最後の1割は説明できない何かが入ってるんですね。

そらみ  そう。魂でも入れてるんでしょうか(笑)

神山  いや、そうですよ。魂が入ってるんですよね。ロボットの喋るセリフなのに、なぜか魂が入ってる感がある。これはなんなんでしょうか。

そらみ  私の場合の話ですけど、ロボットの会話シナリオの最後1割の魂込めるときは、私の中でロボットとユーザーさんがめちゃくちゃ喋ってます。

神山  そらみさんの頭の中で、ですか?

そらみ  そうです。

神山  なるほど〜!

そらみ  妄想とかじゃなくて、ガチで喋ってるんですよ。

神山  頭の中では現実なんですね。

そらみ  そうですそうです。ユーザーさんは、何人か設定するんです。高齢者は高齢者でも、「認知症の進行がこの程度の方の場合」とか、「ご家族が亡くなっている方の場合」とか、何パターンか頭の中で設定して喋ってみるんです。そうすると、「あれ? 意外とこう思わないな」とかがわかるので、それを反映して書きかえていきます。

神山  へぇ〜。じゃあ、頭の中にやっぱり何人かそういう人が住んでるんですね。

そらみ  住んでるんですかね。

神山  すごいな。

そらみ  もうちょっと頭いいっぽく言いたいけど、難しいですね。(笑)とにかくそれが最後にやってることだと思います。

神山  面白いです。

そらみ  少しずつ、憑依の精度が上がっている感覚はあって。初めのころは、おじいちゃんおばあちゃんの思考回路や感情回路っていうのを、自分の中で自由に操れない感覚があったんです。でもたくさんのロボットにかかわって、たくさんのおじいちゃんおばあちゃんを見ていくなかで、最近はだいぶん、見えてきた気がします。

神山  こう言ったらこう返すだろう、こういう気持ちになるだろうっていうのが、わかるようになってきたということでしょうか?

そらみ  そうですね。感覚だから、はっきりとは言えないですけど。

神山  いえいえ。結果として、自信の持てる製品を送り出せてますから。

そらみ  最近は、神山さんやこころみの他の社員の方も、けっこうシナリオを書いてくださいますよね。

神山  そこは、仕組みとしてそうしていきたい、という部分でもありますね。これが難しいところで、会話シナリオはアートなんですよ。でもそれだけだとどうしてもつくれる量が限られるし、限界がある。そこをいかに質を落とさずに、やりたいことを維持したまま、社内のしかるべき人が会話シナリオをつくれるようなシステムを構築できるか、というのは難しいですね。

そらみ  9割のテクニックは、メソッド化できますよ!

神山  そうですね。そういう部分は、引き継げているところもあるのかな。実際そうやってつくったものが残るわけですから、それが教科書になるんでしょうね。

……つづく

>>第3回「ユーザーの反応から気づいたロボットがもたらす効果」は11月29日(火)配信予定です。

プロフィール

■舘 そらみ●だて そらみ
脚本家。劇団「ガレキの太鼓」、青年団演出部所属
東京都生まれ。幼少期よりトルコとコスタリカで暮らす。慶應義塾大学在学中に演劇を始め、大学時代にバックパッカーとして世界一周。卒業後、一般企業での就職を経て、劇団「ガレキの太鼓」を立ち上げる。一般の住居を使った「のぞき見公演」など実験的な上演を重ねて、その作風は新聞に「徹底して無責任で刹那的」と評された。映画脚本「私たちのハァハァ」(2015年公開)はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2冠を受賞。テレビドラマ脚本、コラム連載も手がけ、全国の小中高生への演劇ワークショップも多数実施するなど活動は多岐に渡る。現在は、住居や活動拠点を1箇所に決めずに、日本各地、海外など各地を転々とする生活を送っている。秋から冬にかけて、2本の連続ドラマが放送中。「私のシてくれないフェロモン彼氏(TBS)」と「恋と弾丸(MBS)」。
■神山 晃男●かみやま あきお
株式会社こころみ代表取締役社長
1978年長野県生まれ。慶應義塾大学卒業後、コンサルティング会社勤務を経て、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズに10年間勤務。コメダ珈琲店、ウイングアーク1st等を担当。2013年「すべての孤独と孤立なくす」ことを目的に株式会社こころみを設立。一人暮らし高齢者向け会話サービス「つながりプラス」、親のための自分史作成サービス「親の雑誌」やインタビュー社史作成サービス「創業の雑誌」を提供する。
2017年より、高齢者会話メソッドによるロボット・スマートスピーカー・チャットボット向け会話シナリオ開発サービスの提供を開始。株式会社NTTドコモが提供するクマ型ロボット「ここくま」の開発支援や、モバイル型コミュニケーションロボット「ロボホン」を活用した自分史作成のサービスの企画を担当。